2008年10月11日

日本初のホームステイ

日本初のホームステイ

アメリカから初めてホームステイグループが来日したのは、第二次世界大戦直前の1940年のことであった。当時はもちろん「ホームステイ」などという言葉も概念もなく、このことを取り上げた都新聞(現在の東京新聞)の記事には「交換息子」という文字が記されている。記事によると、「来年度は日本からも派遣する予定で、日米間の国際感情が悪化している中、両国の若者が自然体で生活を共にするこの”集団交換息子と娘”の成果は大いに期待されている」という内容が書かれている。皮肉にも翌年日米開戦となり、「平和」を願った交流の芽が育つのは、終戦を待たなければならなかった。

1955年、日本の東京大学婦人会と日米教育委員会(フルブライト委員会)に関わりのあった真木雪子あてにアメリカのEIL本部から日本でのホームステイ実施について依頼があった。受入地として白羽の矢が立ったのは、現在でも小京都として知られている「金沢」。真木の出身地でもあり、戦後まもないこと、反米感情が強くないこと、戦災や占領の影響が大きくないこと、また、文化的土壌も豊かで「アメリカ文化センター」もあったことなどから、金沢が受入地区となったわけである。翌年、4月の初旬から1ヶ月間、ワット博士夫妻の率いる一行6名が日本で最初の「ホームステイ」を金沢で体験した。

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2008年10月01日

昆虫食

昆虫食

また、いなごの佃煮やスズメバチの幼虫食などの昆虫食は、山形県、福島県、群馬県、長野県、大分県から熊本県を経て宮崎県・鹿児島県にかけての九州山地脊梁部などの山岳地方の郷土料理となっていることが多い。これは、海沿いと異なり魚からのタンパク質摂取が難しいことから、昆虫を食用とした古い文化が残存したという考え方がある。昆虫は栄養価は高いものの、個々の個体が小さく、採集労力当たり得られる栄養価が相対的に低くなってしまうため、そこまで大量採集の労力をかけることが見合う地域性、また少ない労力で大量に採集できる食材昆虫の種類の選択が関係していると考えられる。そのため、多くは前述のような山岳地帯で、一度の採集で大量の幼虫が確保できるスズメバチ類、水田で労せずして大量に採集できるイナゴ、かつては魚のあらなどをため池に浸しておくだけで大量に集めることができたゲンゴロウ、絹糸生産の副産物として大量に得られるカイコのさなぎや成虫などが食材として選択されている。

魚貝類

この他、ウツボ料理、カツオ料理、サンマ料理など、県を越えて海岸地域に浸透した郷土料理も数多い。これらは、海上交通網を通じた漁村間のネットワークによって食文化の伝播、浸透が生じたと考えられる。和歌山県の那智勝浦と、千葉県の勝浦において、地名のみならず食文化においても多くの共通性がみられるのはその一例である。

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2008年09月21日

トワイライトエクスプレス

トワイライトエクスプレス

「トワイライトエクスプレス」については、17時30分から21時頃までを乗車前からの予約定員制である「ディナータイム」とし、季節ごとに内容の変わるフランス料理フルコース(1万2000円)を提供している。以後、21時頃から23時頃までを上記の「北斗星」・「カシオペア」と同様に「パブタイム」とし、ビーフピラフ、ビールやワインなどドリンク類のほか、地鶏のから揚げやフレンチポテト、ミックスナッツといった軽いおつまみを提供している。なお、「北斗星」・「カシオペア」とは異なり、和風日本海懐石御膳(6000円)は食堂車で食べることはできず、ルームサービス(A寝台のみ)かサロンカーなどで食べることになっている。

翌朝6時00分からは「モーニングタイム」となっているが、30分刻みの定員制であり、希望者は乗車後に車内で和食・洋食のいずれか、また利用時間を予約をすることになっている。

大阪発では13時から16時まで、カレーライスやサンドイッチなど品数限定ではあるが「ランチメニュー」を提供しており、現在の日本の列車の中で唯一、朝昼晩3食を提供する列車である。一方、札幌発は14時台と遅いため、発車後から16時頃までコーヒー、紅茶程度を提供するティータイムのみの営業となっている。

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2008年09月10日

関東地方

関東地方

具と生地を混ぜて焼く。この点は関西風のお好み焼きと同じであるが、調理技法に差異がある。、特にもんじゃ焼きの影響か水を多めにする傾向があって、生地の厚さが薄めに焼きあがる店が多い[要出典]。また、関西で定番の「モダン焼き」は店のメニューにない場合が多い[要出典]。

もんじゃ焼き店でもんじゃ焼きと並行して供されていることが多く、鉄板が各テーブルに設置され、客が自分で焼くスタイルの店が多い。一般に間食のスナックであると考えられており、単独で食べる。また、数人でいくつかの種類を分けて食べることも多い。 切り方は、関西風の賽の目でなく「ピザ」のように放射状に切ることが多い。昭和30年代の月島あたりのもんじゃ焼き屋は5店舗程であった。そこではお好み焼きに入れる具として変わっている物はあんこ、アンズなど甘い物があった。今ではチーズや餅、明太子などピザのトッピングに使われ出したものなどバラエティに富んでいる。トッピングは昔から店では中濃ソースであったが、ケチャップやマヨネーズも古くから家庭では浸透していた。昔はもんじゃと殆ど同じ具である桜エビ、切りイカ、焼きそば、紅生姜が定番であったが今では数え切れない程の種類の材料が使われている。

江戸前のお好み焼きの基本的な調理法は、浅草の「染太郎」のように、最初は鉄板に薄く生地を張り、次にキャベツ・肉などの具材を載せる。最後に残った生地を廻しかけて裏返して焼いて仕上げるのが正式とされる

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2008年08月20日

日本の娼婦

日本の娼婦(遊女)には古来より数多くの呼称があり、古く『万葉集』には、「遊行女婦(うかれめ)」の名で書かれている。 中世には、「傀儡女(くぐつめ)」や「白拍子(しらびょうし、はくびょうし)」「遊女(あそび)」「傾城(けいせい)」「上臈(じょうろう)」などと呼ばれていた。その他「女郎(じょろう)」、「遊君(ゆうくん)」、「娼妓(しょうぎ)」という呼称もある。特に古代から江戸時代前期においては、女性芸能者を兼ねる者、高い芸事や教養を兼ね備えたものも多かった。 出雲阿国歌舞伎なども売春婦である。江戸時代女性による歌舞伎が規制され、野郎歌舞伎へと変遷した理由の一つである。

遊女屋が権力の統制と保護を受け、遊郭として1箇所に集められたのは近世(安土桃山時代)以降のことである。

明治維新の後、1872年(明治5年)、マリア・ルーズ号事件が発生(ペルーの汽船が横浜港外に碇泊した際、船内における中国人苦力に対する奴隷扱いに対し、「虐待私刑事件」として日本の外務省管下で裁判を行った)。裁判中、被告船長ヘレイラの代言人の申し立てのなかで、「日本が奴隷契約が無効であるというなら、日本においてもっとも酷い奴隷契約が有効に認められて、悲惨な生活をなしつつあるではないか。それは遊女の約定である」と、遊女の年季証文の写しと、横浜病院医治報告書を提出した。特命裁判長であった神奈川県権令大江卓は「日本政府は近々公娼開放の準備中である」と公娼廃止の声明を世界に誓約する(吉見周子著『売娼の社会史』より)。1872年10月2日、芸娼妓解放令が出された。遊女の人身売買の規制などを目的とした法令だが、準備期間が全くないまま唐突に発せられた点は否めず、法令としてはあまり機能しなかった。少女は4才程度から客をとらされるものもいた


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2008年07月22日

アダム・スミス

経済学の入門書として

アダム・スミスの著作は重商主義の批評および彼の時代に考えられていた新興の経済学の総合体として記述されている。本書は通常、近代経済学の端緒であると考えられている。本書は他の経済学者に向けてというよりも、むしろ18世紀当時における平均的な教育を受けた人々に向けて書かれたものである。従って、本書は現代の読者にとって古典派経済学(classical economics)の比較的理解しやすい入門としての古典として読み継がれている。よく誤解されることであるが、「国富論」は全五篇すべてが経済学の理論書であり、その一部のみを経済学の理論として位置づけることは誤りである。この書は決して歴史書ではなく、普遍性を持った理論書であるので、その内容の一部の新旧をもって判断する書物ではない。その証拠として、後世、ケインズは「国富論」を唯一「四つ切り版」の経済学として、すなわち、唯一完成された経済学書とし、それ以降の経済学をすべてその解説にすぎないとして高く評価している。


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2008年07月15日

インドの伽藍

インドの伽藍

インドでは、礼拝の対象を祀る仏塔と僧衆が居住する僧房とは、その発生起源を異にするが、後世になって僧院は仏塔を受容した。後期の僧院では、礼拝の対象(塔または仏像)を安置した祠堂(しどう)の他に、中央の中庭を囲んで房室を持つ方形の精舎(しょうじゃ)が流行した。精舎の付帯施設として、会堂・食堂・台所・貯蔵室・流し場・便所が設けられている。多数の修道僧の団体生活に必要な施設を整備すると同時に、個人の私生活を守り、瞑想に適するように整備された(「精舎」の項参照)。

有名な祇園精舎や竹林精舎などは、文献上で名前は知られているが、実態は明らかではない。

ラージギル(古名ラージャグリハ、raajagRha)では、釈迦時代の名医ジーヴァカが寄進したというマンゴー園の精舎の遺構とされるものが発掘された。これにはストゥーパ(仏塔)や祠堂(チャイティヤ堂)はもとより比丘の個室にあたるものもみられず、後世の僧院とはまったく様相を異にする。


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2008年07月03日

広島の鯛麺

広島の鯛麺

* 鯛は鱗、えら、内臓を取り、大きな平鍋に藁を敷いて煮崩れしないようにして煮る。近年では煮崩れしなければ良いとして、藁を用いない事もある。縁起を担いで、鯛の身に切れ込みは入れない。
* 鯛の大きさはその家での体面から、大きめの物が好まれ、通常一貫目(約3.75キログラム)程度の大きな物を用いるケースが多い。
* 煮汁は「醤油:水 = 4:6」の割合で作り、酒、味醂、砂糖で味を調え、鯛が被る位の量を入れて、杓子で全体に煮汁を掛け回しながら、丁寧に炊きあげる。
* 素麺は茹でて、大皿に白波のように盛りつけておく。
* 素麺に煮汁を多く掛けすぎると、素麺の(白波の)色が悪くなりやすいので、少量を掛けて鯛を載せる。それだけでは素麺の味が薄く感じる事から、煮汁は別途、器に添えて出す。
* 家によっては、煮汁を一気に全部掛けてしまうところもある。
* 素麺と鯛の身を少しずつ取り分けていただく。
* 味が薄いと感じたら、先述の別途添えられた煮汁を掛け足して食べる。


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2008年06月25日

山陰において

山陰において、幕政の混乱にも乗じて影響力を拡大して播磨の赤松氏とも戦う。幕府では67年に細川頼之が管領に任じられ、南朝との戦いも小康状態になると、大内氏や山名氏に対して帰順工作が行われ、時氏は領国の安堵を条件に直冬から離反、1363年(貞和2)8月には上洛し、大内氏に続いて室町幕府に帰順する。幕府では、義詮正室の渋川幸子や、同じく幕府に帰順した斯波義将、大内弘世らとともに反頼之派の武将であった。73歳で死去。


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2008年06月18日

『万葉集』巻九による話

『万葉集』巻九による話

『万葉集』(萬葉集)巻九、高橋虫麻呂作の長歌に浦島太郎の原型というべき以下の内容が歌われている。

水の江の浦島の子が7日ほど鯛や鰹を釣り帰って来ると、海と陸の境で海神(わたつみ)の娘(亀姫)と出会った。二人は語らいて結婚し、常世にある海神の宮で暮らすこととなった。

3年ほど暮らし、父母にこの事を知らせたいと、海神の娘に言ったところ「これを開くな」と篋(くしげ・玉手箱の事。もともとは化粧道具を入れるためのもの)を渡され、水江に帰ってきた。海神の宮で過ごした3年の間に家や里は無くなり、見る影もなくなっていた。箱を開ければ元の家などが戻ると思いあけたところ常世との間に白い雲がわき起こり、浦島の子は白髪の老人の様になり、ついには息絶えてしまった。

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